明日はもっと変わり者

アクセスカウンタ

zoom RSS 君の名は。への徒然考察第1回 なぜ瀧だったのか?という問いからの暴走的発展

<<   作成日時 : 2016/11/23 00:08   >>

なるほど(納得、参考になった、ヘー) ブログ気持玉 1 / トラックバック 0 / コメント 0

この記事は、その製作目的並びに製作者の嗜好故に、盛大にネタバレや個人的な推測考察が盛り込まれています。
その点だけは十二分に承知した上で、読んでください。

君の名は。(通常盤)
Universal Music =music=
2016-08-24
RADWIMPS

amazon.co.jpで買う
Amazonアソシエイト by 君の名は。(通常盤) の詳しい情報を見る / ウェブリブログ商品ポータル


映画を見終わって自宅に帰り、余韻に浸り、名シーンを反芻しながら、いっぱい引っ掛けている時にふと思ったことは、入れ替わりの対象の片方がなぜ瀧だったのか?ということでした。

入れ替わりの主導権を握っているのが宮水側の人間にあることに加え、身体能力と社会的地位、権限との妥協点を考慮すると、入れ替わりの糸守側が三葉というのは納得するしかないのですが、じゃあ瀧はどうなのよ?となれば、やはり、???となることは避けられません。

瀧のスペックをなるべく公平にみてみようと努力してみれば、健全な男子高生の範疇という意味では、それなりに道徳心もあれば正義感もあるし、行動力もある。
けど、これといった特徴がない、特技が見当たらない。大学生になってからの就活で、ぎりぎりまで内定が決まらないことを考えると、学業はお世辞にもいいとはいえない。中学の時は、バスケ部でそこそこならしていたらしいけど、高校に入ってからは、帰宅部というかバイト部だったことを考慮すると総合的な体力はガタ落ちだろうし。

これで作品の方向性が、青春ドタバタラブコメの入れ替わり乗っけ盛りだったら、特に問題がない。というか、これはこれで大アリなんだろうけど、この入れ替わり現象の最終的な目的が、本来なら死亡するはずの糸守町民およそ500人(三葉達含む)を救うことである以上、明らかにパワー不足、無改造軽トラでパリダカールラリー、カッターナイフでご神木切り倒し、豆鉄砲でB29迎撃ぐらい無理がある。

実際、糸守り町民を救うためなら、それに向いた技能をもっているとか職業についているとか、他に候補はいくらでもいるわけで、たとえば、糸守町隕石災害に関してなら、国土交通省やら復興庁やらに専門の部課とかできていても不思議はないし、民間でも隕石となればマニアも多く、隕石本体だけではなくその前後に降り注いだ小さな破片の墜落ポイントなども調査データーベース化している人や組織もあるはずです。

ただ、2時間弱という映画の中で全てを事細かに説明するのには限界はあるわけで、その辺は小説版、並びに番外編小説版の内容を考慮するしかありません。
小説版の執筆者である監督自身、小説という形にしたところでようやく自分の脳内にあった主人公達の特徴に気づいた(おい)というぐらいですから。

よって、ここからは、二つの小説の内容を大幅に考慮して、というかほぼ全開で推測考察にぶちこんで話と考察を進めていきます。

結論を先に述べてしまえば、隕石衝突から後の世界では、瀧以外には入れ替われる人間がいなかった。ということになります。

物語終盤で、いきなり三葉と入れ替わりが途切れてしまい連絡もつかなくなった瀧は、どうにかご神体にたどり着き、そこで口噛み酒を呑むことで、ようやく(そしておそらく最後の)三葉との入れ替わりに成功するわけですが、これは、時間を越えた入れ替わりには本来口噛み酒やご神体の存在が不可欠であることを示唆しています。

そもそも心と体が入れ替わるという時点で既に尋常ではない状況なのに、ここに3年とはいえ、時間を超越した展開となれば、SF作家大喜びの、物理学者憤死の状況です。入れ替わりとタイムスリップを軽々しくワンセットにするな。と憤慨しているSF作家もいそうですし。

現実世界でも、この3年で大きな出来事がいくつも。A国のEU離脱に絡むポンド暴落を、B国の次期大統領確定の資産家が知った日には、A国経済は彼に牛耳られていた可能性も。(きゃー!)
下手すりゃ第3次世界大戦からの終末戦争へのコンポになりかねない、未来から過去への介入を引き起こす状態が、そう簡単に実現できるはずもなくできたとしてもおいそれと許されるずがありません。
番外編小説の中で、四葉が、過去の宮水の人間と時間を越えて入れ替わるという展開がありますが、ここでもやはり口噛み酒の力を借りています。

つまり、口噛み酒なしでは、少なくとも時間を越えての入れ替わりはかなり難しいといえるわけですが、糸守から遠く離れた東京在住、しかも宮水家とは接点が見当たらない瀧及び立花家の人間が口噛み酒を呑む機会を得ることは、偶然を百個積み重ねても無理。

となれば、別の何かの力、それもかなり強力な存在か状況を借りるしかありません。

口噛み酒の力を借りず、三年の時間差と、岐阜と東京という距離という問題を克服した上での入れ替わりを引き起こせるだけの力あるいはその力をもった存在とはなにか?

作品中、三葉の祖母である一葉の口から、土地神である「ムスビ」が語られていますが、これは宗教的な象徴や概念、日本人がけっこうと使う、仏教用語での「縁」というだけではなく、実在している何か考えるべきでしょうね。
たぶん、過去に糸守に落ちてきた隕石とともに飛来した、〇〇生命体の類ではないかと。1200年周期で太陽をまわっている彗星なら、カイパーベルトで何を拾ってきているのかわかったもんじゃない。

一葉の言葉が真実なら、ムスビには限界があるとはいえ時間を戻る力もあるわけで、瀧と三葉の心と身体を三年の時間を越えて入れ替えたのは、このムスビであると考えて間違いないでしょう。

しかし、3年の時間を越えて、しかも意図せぬ歴史改変の危険性を帯びた上での入れ替わりとなれば、それなりにというか、かなり強い「ムスビ」が必要とされることが予想されます。

つまり、2013年10月4日以降で、三葉と入れ替われるだけの「ムスビ」が彼女とあったのは瀧だけということになります。

と、ここで1つの問題が。

2013年に亡くなる人間が、出会ったこともない人間、しかもその3年後の存在と強い結びがあると考えるのは無理があります。
両者に血縁関係があったとか、前世(笑)でなにかあったとしたら話は別ですが、小説を含めてもそれらしい話は見当たりません。(もっともそれはそれで面白そうですが)

しょうがないので、ここで少し不思議ではない方のSFの力を借りることにします。

再び結論を先にしますが、本来の歴史は、2013年10月4日に三葉は死亡しない。そして映画のラスト同様、2022年に瀧と出逢う。と言うものだったのでは?ということです。

物語のクライマックス。
瀧と三葉の奮闘が、三葉達を含めた糸守町民約500名が死亡するという歴史を変えている以上、2013年に三葉達が死亡する展開もまた何かの干渉によって改変された歴史という可能性も否定できません。

つまり、2013年、なんらかの幸運に恵まれて死亡を免れた三葉は、上京そして就職し、映画のラストシーン同様、2022年の春、どうにか就職したばかりの瀧と出会いそして恋に落ちるかそれに近い関係になることこそ、本来の歴史であるということです。

けっこう突拍子のない仮定ではありますが、まるで根拠のないものでもありません。
なぜなら物語のラスト、2人が再会あるいは二度目の初めての出会いを迎えるまで、瀧の時間では5年半、三葉側にいたっては八年半もかかっていることが挙げられます。

この間に、なぜ、2人は偶然の可能性までも含めて、二度目の出会いを果たすことができなかったのか?

もちろん、一千万+近隣の県から流れ込んでくる人間の圧倒的な数の中で、顔も名前も住所すらもわかない、いやそれどころか実在しているかすらわからない、あやふやな存在だけに、こちらから探し求めにいくことはほぼ不可能ではありますが、一方で、その間に、2人は少なくとも2度はニアミスどころか正面衝突並の出会いを果たしていることを無視するわけにもいきません。

一度目は、すれ違う電車同士、しかも就活中だった瀧は辛うじて気づいたものの、三葉の方はたまたま(?)窓に背中を向けていて気づかなかったわけですが、二度目は、徒歩での移動中で距離的には1メートルぐらいまで近づいてすれ違っています。
夜、雪、傘によって、顔と髪を留めていた組紐がよくみえない。それに髪型も変わっている。というハンデこそ、ありますが、あそこまで近づいたのに、二人共、数秒足を止める程度の反応しかしないというのは不思議なところです。
初めて観に行った際には、ラジオとドラマの「君の名は」へのオマージュとして、あそこで2人の記憶が戻るか、改めて出逢うことになるのではないかと思ったぐらいですから。

実際、就活中の瀧が何度か三葉とすれ違ったり、テッシーとさやちんの姿を見ていることを考慮すると、2人+てっしー、さやちんの居住地同士はそれほど近くないかもしれない一方で、行動範囲に関してはかなり重なっている部分がある可能性が考えられます。三葉だってさやちんの部屋に遊びに行ったり、三人で呑みにいったりぐらいするでしょうし。
となると作中で語られている以上に、2人はすれ違っている回数は多くても不思議ではありません。
極端な話、瀧が糸守探しで岐阜に行っている間、あるいはまだ高校に入学仕立てや大学受験で勉強に集中しなければならない時期、バイト先のレストランに、三葉が客あるいはバイトとして入っていた可能性もありえます。

実際、考えてみれば、上京した三葉が瀧の自宅近くの部屋を借りる可能性は低いものではないのです。

糸守を救った後、記憶を失ったにも関わらず、瀧の中に糸守へ郷愁にも似た強い思いが残ったように、三葉の中にも、忘れてはいけない大切な人がいる東京への強い思いが生まれたことは、本来あった都会への羨望も手伝い、まず疑いようがありません。
父である俊樹は、娘二人を糸守に閉じ込めたくはない。最終的にどうなるにしろ、大学も就職も一度は糸守を離れて県外で体験させたいと考えていますし、祖母の一葉が猛反対したとしても、三葉の性格からすれば、その場の勢いで、「なら、学費も生活費も、巫女の口噛み酒売って自分で稼ぐ。」ぐらいは言い出しそうだし。

糸守を含む、町名地名を忘れてしまった瀧ですが、一方では町を取り囲む山々や、小学校あるいは橋といった特徴のある建築物などの風景光景だけは辛うじて覚えており、それらのスケッチが、糸守探索の旅にて、ラーメン屋夫婦から貴重な助言を得る切り札になりました。
それと同様、三葉もまた、瀧の自宅や高校、バイト先、通学路の駅や電車、そして、そこから見える風景光景を朧げながらに覚えており、そこになんらかの親近感をもつことは当然であるでしょうから、それらの近くに部屋を借りたとしたら、そこは当然瀧の家の近くということになります。

つまり、三葉にとっての八年、瀧にとっての五年、この間に、2人は全く出会えなかったのではなく、何度となくすれ違いLVの出会いを果たしていながら、それと気づけなかった。相手を意識することができない状態だったということになります。

こんなことをするのはムスビに決まってますね。
おそらくでありますが、2人の入れ替わりに力を貸しながらも、ムスビにとって、この歴史改変は必ずしも本意ではなかったのでしょう。それ故にまた、それ以上の歴史改変も望むところではないはずです。
となれば、今回の一件の全てを知る2人の記憶を消すと同時に、2人の出会いに関しても本来の歴史の近いものに戻そうとするのは至極当然のことでしょう。
あの一件の関わる大変の記憶を忘れさせたことのように、2人がたまたま出会っても、特に意識させない。意識したとしてもそれ以上発展させない。と記憶と感情のブロックぐらいはしていると思われます。

というか、ここにきて、この仮定を裏付ける根拠として、隕石並に強烈な奴が来ました。

人間開花(初回限定盤)(DVD付)
Universal Music =music=
2016-11-23
RADWIMPS

amazon.co.jpで買う
Amazonアソシエイト by 人間開花(初回限定盤)(DVD付) の詳しい情報を見る / ウェブリブログ商品ポータル


「君の名は。」の主題歌及びBGMなどを受け持ったRADWIMPSの最新アルバムである「人間開花」の初回限定盤。こいつの初回限定特典であるDVDに収録されたスパークルのMV、コレ目当てで予約購入しましたよ。
映画本編からの編集+新規カットで構成されている映像ですが、これのラストに、映画ラストシーンと同じ場所と思われる階段で、まだ高校生(夏の制服姿)の瀧と、服装からして大学生と思われる三葉がすれ違い、そして振り向いて互いを確認しようとする場面が。

もちろん、人間開花初回限定盤のスパークルのMVなので映画本編とは関係ありません。という解釈も成り立ちますが、そこに至るまでの編集構成をみると、そっちの方が無理がありますね。

つまり、2人は、最低でも4年の間、忘れてはいけない、忘れるわけはいかない、忘れてはダメな、そんな大切な想い人と何度となくすれ違いながらもそれと気づくことができないという、微妙に本来の美味しさが失われる味付けがされた大好物を延々と食わされるような悶々とした苦痛を味わうことになるわけです。

監督の見事な鬼畜っぶり!

これで少なくとも2017年の夏には、三葉は上京し瀧とすれ違っている。ことは確定しますし、この場所はどうやら瀧も何度か利用しているらしいので、この後、毎日とは言わなくても、瀧と三葉が何度かすれ違っていても不思議ではありません。

絶対と言い切るにはまだカードが不足していますが、三度もすれ違いながらも気づけなかった以上、2人が本来出逢うべき時は2022年の春と考えた方が納得できます。
そして本来出逢うべき場所は、あの階段でしょうね。
おそらく、階段を踏み外して落っこちたか落っこちそうになった三葉を瀧が助けて、そのはずみに胸を揉んでしまう(笑)とか。

書店や映画館に貼られたポスターやポップなどに、書かれている「出会うはずがない2人の軌跡の出逢い」というコピーも「まだ出会うはずがない2人の今奇跡の出逢い」にすれば辻褄合うし。って、これは強引すぎるか。

では、糸守町民を救うためとはいえ、その後、何年にも渡って、瀧と三葉2人に、奥歯と親知らずの間に肉の筋が挟まってとれなくるという、緩やかな苦痛を与える方がまだマシと思えるような、そこまで酷いかもしれない本来の歴史、三葉が死なかったという大元の歴史とはどのようなものだったのか?

ここまで当初より凄まじく長いものになってしまったので、今回書ききれなかった部分も含めて、次回に続きます。

テーマ

関連テーマ 一覧


月別リンク

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!
ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。
→ログインへ
気持玉数 : 1
なるほど(納得、参考になった、ヘー)

トラックバック(0件)

タイトル (本文) ブログ名/日時

トラックバック用URL help


自分のブログにトラックバック記事作成(会員用) help

タイトル
本 文

コメント(0件)

内 容 ニックネーム/日時

コメントする help

ニックネーム
本 文
君の名は。への徒然考察第1回 なぜ瀧だったのか?という問いからの暴走的発展 明日はもっと変わり者/BIGLOBEウェブリブログ
文字サイズ:       閉じる