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zoom RSS 君の名は。への徒然考察 番外編

<<   作成日時 : 2016/12/29 22:16   >>

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早くも番外編です。火浦病と性癖は医学がどれだけ進歩して完治は不可能です。

さて、前回までは、どういう理由から瀧が入れ替わる対象に選ばれたのかという疑問から、延々ぐだぐだ持論を述べてきたわけですが、その過程で、ふと「君の名は。」のハッピーエンドは、宮水家の人間とその関係者の犠牲の上に成り立っていることに気づき、けっこう愕然となったりします。

特に、瀧と三葉の関係。

昔から、タイムトラベルとロマンスは相性がいいと言われていますが、これは、否応なしに悲恋にして悲劇となる可能性とのセット売りが多いからなんですね。
悲劇物は何時の時代もそれなりに売れます。『空○』に代表される携帯小説がヒットしたのも、カップルのどちらか、あるいは両方があちらにいっちゃという展開やオチ、まさに悲恋悲劇感激ー!だからなんですねえ。嗚呼、フランダースの犬を人類史から消し去ってしまいたい。
しかも、今作では、夢を絡めることにより、互いに相手の名前も顔も忘れてしまい、ただぼんやりと「自分には何か大切なものがあったような気がしてならない。」という思いだけが残り、そのクセ、そのあやふやな思いが常に心の重要な部分に居座っているという、最悪な状態が続くとか、それならいっそなにもかも全部忘れさせて!と叫びたくなるような状況。
実際、思い出したいことがあるのに、どういうわけか思い出せない。ググろうにも、肝心のキーワードになるものがまたなかなか思い出せない。見いだせない。そんな極限下。特に瀧の場合、糸守の記憶までもうっすら残っているので、二倍とはいかなくても1.5倍ぐらいは辛かったんじゃないかと。
実際、三葉と再会を果たした後も記憶は戻りそうにないことを考慮すると、「たまたま」出会った三葉の故郷が「たまたま」糸守だったという不自然な偶然に、別の意味で悩むことになるじゃないかと心配したくなります。
人間、なにかにハマると、それが何らかの形で夢に出て来るのはしごく当然のことで、それは私も同じ。
でもって夢の中に、三葉と瀧が出てくるんですけど、そこで瀧が叫んでいるですよね。

「なんで、自分(達)がこんな目にあわないといけないんだ!?」

と。
これは瀧の言葉というより、映画に対する私の感想というか率直な思いというかが、夢の中で瀧の姿を借りて発現したんだと思いますが、それに対して、夢の中で、返答がポロッとでてきたんですよ。

「その代わりに、より多くの(大きい)幸せの可能性を得た。」

と。
これは、過去に読んだ小説とかからの受け売りなんでしょうけど、一方で、瀧の口を借りての作品への思いに対する自分なりの答えでもあると同時に、自覚していなかったとしても、自分なりの答えは既にでていたんだなあ、と妙に感慨深い。
にしても、やっぱり瀧と三葉、後、俊樹がけっこうな犠牲を強いられている感は否めない。
特に番外編小説とか読むと、映画の中では描けない部分とかが色々あって、そこから色々納得する部分もあるんだけど、やっぱりみんな酷い目にあって、
うわぁ、きっつーなぁ!
と思ってしまう。
この多くの人を救うために、過去に介入し歴史を変えた結果、主人公やヒロインが悲劇に見舞われる。という展開、それ自体は、それほど珍しくはない一方で、なんか心の隅に引っかかるものがある。
んでもって、いきなり思い出したのが、結構前に読んだSF小説。
君の名は。とは、特に強調できるほどの共通点はないんだけど、なんというか、個人的には要所要所になにか触れ合う部分が感じられて、もしかしたら、この作品も読んでいたから、君の名は。に惹かれた部分もあったのかとか考えたりして。
しかし、かなり前の作品な上、1度しか読んでいないこともあって

「あの本の名前が思い出せんと!」

主人公をはじめとする登場人物やキーワードとなりそうなものも思い出せないので、ググっても今のところ該当みつからず。

ただあらすじだけは辛うじて覚えているので、うろ覚えながらも話を進めます。

まず重要なのが、主人公の家に伝わっている、「未来が分かる」というアイテム。確か、鏡か、そのようなもので、未来に起こる事件や災害が映し出される逸品、主人公の先祖も、これで未来を知って難を逃れたという者も。
ただ、この未来が分かるというのは実は副次的なもので、本来の用途はもっととてつもないもの。そもそも、地球で造られたものではない上に、未来から送られてきたというかなり曰く付きのものだったりします。

でもってここで登場するのが、20世紀末ぐらいから、SFやスペオペとかで知名度があがって大増殖してはじめた、あらゆる文明や生命体を全て破壊し、根絶やしにしようとする存在。
はじめは強力な種族というか、生命体みたいだったのが、他の文明や種族を破壊吸収していくことでより強力になり、もはや、1つの現象というか宇宙規模の天災みたいなものになってます。
そして、そんな厄災と対峙することになった1つの文明。
未来のことが分かる機械を造れるというそんな彼らの科学力をもってしても、この厄災を倒すことも押しとどめることもできない。
窮鼠猫を噛むというけど、追い詰められもはや助かる道がないのなら、それならいっそ相打ちにもちこんでやれ、それができないならせめて一矢報いたい。と自暴自棄になるのは、どの文明でも変わらないようで、そんな彼らの作り出したのが、「お前を殺す」どころでは済まない、史上最強最悪の自爆兵器。
もはや、その厄災を倒すことも止めることもできない以上、宇宙をビックバン以前に戻して、厄災の誕生そのものを消すしかない。初めから損沿いしなかったことにしてしまうしかない。
そんなことが実際にできるのかというか疑問はあれど、追い詰められて自棄になっていることもあってか、とにかく彼らはそれを完成させてしまいます。

いわゆる
「宇宙をゼロからはじめてみようマシン」

もちろん、宇宙をやり直すってことは、この厄災もまた生まれ直す可能性があるわけで、それを防ぐため、宇宙をゼロにする際の時間の巻き戻しの流れに厄災を巻き込み消滅させることで、新しい宇宙で厄災が再誕する可能性をゼロにするという徹底ぶり。
アフターサービスもばっちしです。
ところが、この装置が完成した頃には、この厄災が更に勢力をましていて、もうこの装置をもってしても倒せない存在になっている。
こうなったら、まだそこまで厄災が大きくなっていない過去に装置を送って、そこで発動させるしかない。宇宙をゼロからはじめなおせるだけの装置を造れるだけの文明だけに、タイムマシンというか、タイムホールみたいなものは造れるんだけど、この装置に全力を傾けすぎたこともあって、如何せん時間がない。
本当は、それを操作する人間なり機械なりもつけて送らなければならないところが、もはや残った時間では、装置のサイズぎりぎりのタイムホールしか作れない。
過去の世界の知的生命体が装置を発動させてくれることに最後の望みを託して、彼らは装置を過去に送り出し、それは過去の地球そして主人公の手元へ。
送料手数料は当社負担。

もちろんというか、この装置には、万が一にも不発にならないようにと、そこそこの知的生命体でも扱えるようにと、かなり親切な?ヘルプやチュートリアルと該当する機能もついていて、主人公も、その使い方や目的、そして厄災の存在まで知ってしまいます。
さて、後はこの装置を作動させて厄災を無にかえす、はじめから存在しなかったことにしてしまえば、めでたしめでたし、と思いきや、ここで、主人公は装置を使うことに葛藤を覚えることに。

先程、この装置を自爆兵器と書きましたが、むしろ、宇宙全体を巻き込んだ無理心中装置の方が正解に近いんですよね。
その上、宇宙をゼロに戻すということは、厄災も消えるけど、その他の全ての存在も消えてしまう、いや消してしまうことになってしまう。その中には当然主人公も含まれるわけだけど、主人公が葛藤するのはその点。
ただ死ぬだけならまだ子孫が残せるかもしれない。墓が残るかもしれない。誰か覚えていてくれるかもしれない。しかし宇宙そのものが一度まっさらになってしまったら、自分が存在していたという証そのものまでもなくなってしまう。他に厄災を倒せる方法がないことを理解した上で、主人公はそのことを悲観するあまり、装置の起動に踏み切れないでいる。
そうこうしているうちに、その厄災の魔の手が遂に地球にまで伸びてくる。確かにこの装置には厄災を消してしまう力があるにしても、それは作動したらの話で、装置そのものにはなんら防衛機能はついていない。もしこのまま厄災が地球を滅ぼしてしまえば、装置そのものが無に帰すか、もし無事だとしても、肝心の起動させる知的生命体が滅んでしまう。
結論を書いてしまえば、主人公は最後の最後で装置を起動させて、厄災を抹消させることに成功します。そして、厄災を滅ぼすために、ゼロへと戻っていく宇宙。その中で、消えようとしていく主人公は、最後にこう思います。

「次に生まれる新しい宇宙でも、自分の生まれ変わりのような人間は存在してくれるのだろうか。」

と。
これは問いかけというより、最後の願望というべきでしょうね。
宇宙と一緒に自分という存在が消えてしまうのはもう諦めるしかない。
しかし、もし、新しく生まれる宇宙に時分とよく似た誰かが生まれるとしたら、せめて、その人に、自分が失ってしまった未来や可能性としての幸せを委ねずにいられない。それが最後の自分の願いであると。
そして、ここからもう少し物語はすすみます。
厄災が滅び、新しい宇宙が生まれました。
完全にゼロからやり直したのがよかったのは、宇宙はおおまかにみて、厄災が存在しないことを除けば、前の宇宙と極めて似たような形となり、地球に該当する惑星も誕生します。

ここで、厄災が存在しない影響か、はたまた主人公が敢えて自分達を犠牲にして厄災を無にかえしたことに対するささやかなご褒美なのか、地球における人類の歴史は少しだけマシなものになりました。
地動説否定や魔女狩りなどに代表される盲目的狂信的な迷信や偏見による科学否定が行われなかった結果、人類の文明水準は、旧宇宙にくらべ、世紀単位で先行することになりました。それは皮肉にも全世界規模での破壊へとつながり兼ねない大戦すらも回避させ、20世紀末には、少なくとも宇宙への移動が、地球上での船や飛行機による海外渡航とさして変わらないものとなっています。

そして、残り後数頁というところで登場するのが、旧宇宙における主人公と極めてよく似た、容姿と性格と名前をもちつつ、どこか微妙に違うという人物。そこに頁がもう一枚あるかどうかで、旧宇宙の主人公が想いを寄せていて相手もよせていたというか、相思相愛同然だった人物とよく似た人物が訪れます。
もちろん、宇宙はリセットされてるので、二人が生まれ変わりだとしても旧宇宙の記憶などあるはずもありません。正真正銘の初対面。一度目のはじめまして。です。
にもかかわらず、両人にはなぜか初対面のその人に心惹かれるものがあり、その思いは次第に高まっていき…
最後にまだ希望は残されているよ。
と遠回しに囁くようにして、この物語は終わりを迎えます。

って、やっはり、君の名は。ですよ。

コンチクショー!

ていうか、日本人、特にある世代は、こういう話弱いんですよ。
相思相愛の男女に対して、爆発しろ。とかいうくせに、最後は幸せになって欲しい。とか思う天邪鬼。
実際、この話、十年ぐらい忘れtいたんだけど、多くを救うために、結果好きあっていた男女が引き裂かれる悲運に見舞われるが、最後の最後で辛うじて望みと希望が示される。という共通点にいきなり記憶が蘇ったんだけど、こういう急激な回顧ってのは大抵精神的に不安定な時なことが多く、案の定、夜勤シフト、しかも一等眠気が襲ってくるAM4時〜5時の間でした。
思いつきから次第に蘇ってくる記憶に仕事中、危うく泣き出しそうなところでしたよ。
君の名は。の世界では、ここまで大規模な宇宙改変は行われていませんが、それでも歴史が改変された上に、記憶のほとんどまでが消されているという惨状。タイムパラドクスもまた避けられそうにありません。
特に瀧の方は、後の世界、後の歴史側の人間だけに、糸守で三葉達が死ななかったという歴史改変の結果、入れ替わりが起こらなかった。糸守の惨状の最悪の部分だけは見ずに済んだ。ということでご神体にいかなかった、という可能性もあり、そうなっていたら、三葉との記憶の全てが消されるというよりはじめから存在していなかったことになった可能性もあり、それを考えるとゾッとするではすみませんね。

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